過去の自分にサヨナラを告げた日〜自分を大切にする人生への第一歩〜

はじめに

今日は、私にとってひとつの「区切りの日」になりました。

それは、思いがけない一本の電話から始まりました。

 

最初は、「宅急便かな?」と思っただけのこと。

けれど番号の並びを見た瞬間、胸の奥に“何か違う”という感覚が走りました。

その直感を無視できず、私は電話を取ることをやめました。

 

少ししてショートメールで履歴を確認すると、やはりどこかで見たことのある番号。

確かめたくなり、知人の奥さんに連絡を入れました。

「今、こんな電話番号から電話がが入ったんですけど、知っている人の番号じゃないですか?」

そう尋ねると、

奥さんは「下の番号がそんな感じだった気がする」と言いました。

 

その時でした。

私の中で、ひとつの“違和感”が確信に変わったのです。

そして、心のどこかで「これは何かおかしい」「何かを試されている気がする」と感じました。

 

 

「チャンスかも」から「負担になるかも」への気づき

最初は正直、チャンスかもしれないと思いました。

でもそのあと、相手の状況を聞いてみると「病気を患っている」とのこと。

その言葉を聞いた瞬間、私の中で静かに何かが動きました。

「これは私に負担がかかるかもしれない」と。

以前の私なら、同情して手を差し伸べていたかもしれません。

“助けてあげたい”という優しさの裏に、自分を犠牲にしてしまう癖があったのです。

けれど今回は違います。

私の心は、迷うことなく“自分を守る選択”をしていました。

 

そのときふと思いました。

もしかしたら、これは神様か宇宙が“私を試している”のかもしれない。

次元が上に上がる前に、「本当に自分を大切にできるようになった?」と、

問いかけられているような気がしたのです。

 

 

過去に対して、初めて「もう戻らない」と言えた

この出来事を通して、私は過去のある人のことを思い出しました。

20年近く長い年月を一緒に仕事をした相手。

あの頃の私は、自分の心が弱く、心を揺らしてしまう自分がいました。

「もし今、もう一度一緒に仕事をと頼まれたら、きちんと断れるのか?」

そんな言葉が脳裏によぎりました。

でも今日、私ははっきりと思いました。

“もう生きる道が違う”。

たとえ説得されても、もう戻ることはできない。

なぜなら、私はようやく「自分の人生」を歩き始めたからです。

過去の人たちは、自身の道を歩けばいい。

私は私の道を行く。

ようやくそう思えるようになったのです。

 

 

他人軸から、自分軸へ

この2年近く、私は「自分直し」に取り組んできました。

人の指図で動くのではなく、自分の心に従う練習をしてきたのです。

かつては、誰かに決めてもらった方が楽でした。

“それでどうにかなる”と思っていたのです。

けれど、結局は私の身にすべての負担がかかっていました。

 

気づけば、自分の気持ちを後回しにし、他人のために動くことが「良いこと」だと信じていました。

でもそれは違いました。

自分を大切にできない人が、人を本当に大切にすることはできない。

自分が幸せでない人が、人を幸せにすることはできない。

そう、“まず自分を幸せにすること”がすべての始まりなんです。

 

 

自分を幸せにするということ

幸せとは、お金や物だけではありません。

けれど、現実を生きる私たちには“生活”もあります。

「優しさ」も「支え合い」も、時にお金が必要な場面があります。

だからこそ、まずは自分をしっかりと立て直すこと。

そこからしか本当の優しさは生まれないのだと思います。

 

今、私は毎日自分を見つめ直しています。

家に帰って静かに振り返る時間、そしてこうして言葉にする時間が、私にとっての“心の整え”です。

 

仕事の中でも、今は心から楽しめています。

人との何気ない会話の中に学びがあり、笑顔があり、お互いに教え合う関係がある。

以前のように「しんどい」「だるい」と感じることが減りました。

これはきっと、心が満たされてきた証拠。

やっと自分を大切にできるようになったからこそ、

人との関わりも優しく温かく感じられるのだと思います。

 

 

そして、今日という“卒業の日”に

今日、私は過去の自分にサヨナラを告げました。

それは「誰かを切り捨てる」ことではなく、「もう自分を犠牲にしない」という決意です。

 

これまでの私を作ってくれた全ての経験に感謝して、“ありがとう”と手を振って前に進みます。

これからは、自分の幸せを丁寧に育てていきたい。

そして、同じように心の中で葛藤している誰かに、少しでも勇気や光を届けられたらと思います。

 

 

まとめ

過去を手放すとき、人は新しい扉の前に立ちます。

今日という日は、私にとって“その扉が開いた日”。

まだ次の扉がどんなものかは分かりません。

けれど私は、もう恐れていません。

なぜなら、私は自分を信じることを覚えたからです。

そして、ようやく自分を幸せにしてあげられる準備ができたから。

 

 

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